今でこそ僕はリザーブプラス社でSaaS運営開発に専念しているが、そこに至るまでいろいろなSaaSを作り上げてきた。
内訳としては以下のようになる。
自社運営:9サービス(内収益化:5サービス)
受託運営:13サービス(内収益化:6サービス)
合計 :22サービス
2004年のIT黎明期より、Webテクノロジーの進化とともに、上記のサービスへ関わってきた。
大半についてPM兼エンジニアやリードエンジニアとして、設計開発プラス〇〇という関わり方をした。
サービスとして収益化したものもあれば、1年ももたずに撤退したものもある。
それにSaaSではないが、ITバブル期にテックリードとしてSNS運営会社設立と資金調達に関わったこともあった。
――で、何がわかったのか?
それが重要なことである。
しかしながら、「わかった、なんて言えることはほとんどない」というのが正直なところだ。
いや、「わからないことが、わかった」「わかったと思ってはいけないことが、わかった」こんな禅問答みたいな答えになるかもしれない。
プロダクトや市場は常に変化し続ける。期待を裏切り続ける。
それでも右往左往してきた中での、『クラウドサービスとの付き合い方』は見えてきた部分がある。
こんな僕の経験を公開することで、これからSaaSやクラウドサービスを立ち上げようとする人。
もしくはまさに今立ち向かっている人々へ、『ささやかなヒント』ないし『人柱としての背中』を示せるのではないかと思ったのだ。
当シリーズではそんな、『21年間と22本』の話をしてみようというわけである。
続きはこちら:
#002 アカウント3,000件! その男、熊野【SaaSを22本構築したエンジニアの話】
本稿は個人の見解であり、会社を代表するものではありません。