あの日に僕は『医療向けの予約システムを作りたい』
という人間に出会った。それがはじまりだったかも知れない。
2016年、当時僕はあるSaaS提供企業――仮に『X社』――のテックリード的な立場だった。
X社の創業3年目に入社した僕は技術部門を率い、10年ほど受託開発やSaaS製品開発を行っていた。
フルスタックのプレイングマネージャみたいな感じだが、インフラは並の戦闘力だった。
おりしも、取り扱っていた『そのSaaS』は販売開始5年目にしてアカウント数は2,500件を超え、3,000件に届くところだった。
そんな中で『そのSaaS』はキャパシティの課題も抱えていた。
負荷分散がうまくいっておらず、『過負荷で障害が起こる』というのを、僕はうっすらと危惧しはじめていた。
10月になり秋が深まる頃、インフラは大量なアクセスにさらされ、うめき声を上げた。
ロードアベレージ(CPU負荷指標)のピークタイムの尖り(スパイク)は天井を突つきはじめた。
そんな頃に僕らのチームはある男を迎えることになった。
彼のいでたちは、今でも憶えている。
180cmを超えそうな引き締まった筋肉質。
グレーのハンティング帽に青いダウンベスト。
「医療向けの予約システムを作りたい。そのために予約システムが日本一の会社にきた」
みたいなことを彼は言った。
彼こそがのちの、GMOリザーブプラス株式会社の副社長、『熊野なおゆき』その人だ。
こんなセリフは聞いたことがなかったし、このときはまだ、彼がどこまで本気なのかはわからなかった。
歓迎のために、メンバーで夕食に出かけた。
店への移動中に、彼のファッションが素敵に思えたから、僕は話しかけた。
「その青いベスト、いいですね」
すると熊野氏は憮然とした表情で、
「私はそういう、おべっかを言う人は信用しない」
――いまだに、何が彼の気を損ねてしまったのかわからない。
けれど当時は、怒りや驚きよりも好奇心を覚えた。
(おいおい、こんなピーキーなヤツ、見たことないぞ…… ※1)
そう思ってその場は、熊野氏から距離をとった。
きっとシャイなんだろう、と思うようにした。
※1:『ピーキー』っていうのは『特定分野でスペシャル。その他は低いテンションで壊れ気味』って意味なんだ。本人にこの記事を見せたら、『せめて繊細なサイヤ人って表現してほしい』と言われた。知らんけどな。
物事の抜本的解決のためには、優先度を一度破壊し、枠の外に出ねばならない。
――僕はこの事実を学ぶことになった。
当時『そのSaaS』が抱えていた問題は、負荷分散だった。
あるドメインにSaaS参加のアカウントを集約していたのだが、ドメインが単一であるため、必ずどこかにボトルネックが生じる構造だった。
例えばWebサーバの負荷に関してなら、『ロードバランサの強化』『ロードバランサ以下のWeb分散』などで対処できるのだが、そのロードバランサ自体の恒久的なスケールアップが必要となる。
それに、冗長化などまで考えるとコストもかさむ。
やるべきことはわかっていたのだが、当時の僕の経験と知識では、トラフィック量に太刀打ちできなかった。
それに、数ある開発タスクやバグ対応などを優先し、インフラの抜本改善の優先度を上げずにいた。
じわじわと『危機』が近づく中、こんなじり貧状態を甘受していたのだ。
――こんな状況で、熊野氏がメスを入れることになった。
転職してくる前、熊野氏は『世界規模のゲーム構築』をやっていた。
彼からすると、僕の抱えていたスケール問題など、『プロ野球選手が草野球に出る』ようなものだったかもしれない。
正味、代打選手の熊野氏はシンプルで強力な解決策を出してくれた。
続きはこちら:
#003 ホームランを飛ばせ!【SaaSを22本構築したエンジニアの話】
前回の記事はこちら:
#001 はじめに【SaaSを22本構築したエンジニアの話】
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